過去と未来が響き合う場所へ2024.10
小川さんが求めたのは、水害の記憶を残すこと。
外壁に刻んだ跡が、
過去に学び、未来と向き合う場所を、
小川さんから依頼をいただいたのは、水害で被害を受けたご自宅の改修工事でした。自然災害がもたらした損壊の大きさを目の当たりにし、小川さんご一家が長年住み慣れた家を再生させるため、僕にとっても覚悟のいるプロジェクトでした。
小川さんのご要望は「被災前の家の良さを活かしつつ、安心して暮らせるように耐震性を高める」というものでした。家の構造をできるだけ残しながら、必要な補強を施すことが求められたため、まずは被害の状況を丹念に確認しました。柱や基本構造に損傷は少なかったので、壁には構造用合板を入れ、漆喰で仕上げることで強度と美しさを兼ね備えたデザインを取り入れることにしました。
印象的だったのは、小川さんが「水害の痕跡を残しておきたい」と希望されたことです。「子供や孫がここまで水が来たんだと感じられるようにしたい」というその言葉には、深い想いが込められていました。その想いは、外壁に水害の跡を示すラインを入れるという小川さんのアイデアを取り入れることで、形にすることができました。こうして、家は過去の出来事を伝え、未来への教訓を残す場所となったのです。
キッチン周りの改修も大きな挑戦でした。水害前の間取りのままだと動線がやや不便で、小川さんも「少し仕切りをつけて使いやすくしたい」とお考えでした。現場でお話ししながら間取りを少し変更し、キッチンを通らずにトイレや浴室に行けるように仕切りを追加しました。こうした改善により、生活がより快適になったと小川さんにも喜んでいただけました。
改修作業が進む中で、小川さんが「自分で壁を塗りたい」と言い出した時は驚きました(笑)。壁の塗り方や仕上げにも強い関心をお持ちで、楽しみながら作業に取り組まれていました。左官屋さんも、小川さんのやる気に感化され、壁塗りの基本を教えたりサポートしたりと、自然と協力体制が生まれました。こうして、家づくりに関わる皆で一緒に「形を創り上げている」という感覚が強くなりました。
完成後、小川さんは「子供や孫が来て、この家でのびのびと過ごせるような場にしたい」と笑顔で語ってくれました。家に込められた想いを感じられる場を作り上げたことで、僕自身も大きな達成感を得られましたし、何より小川さんとその家族に喜んでいただけたことが心から嬉しかったです。
小川さんの家づくりは「住まい」以上の意味を持つものだと感じました。困難を乗り越え、過去を活かしながらも未来に向かって進む──そのプロセスを共に歩むことができたことを誇りに思います。
建築概要
- 改修工
- 新築工事
- 施工箇所
- 全部屋
- 構造
- 木造2階建て
- 所在地
- 長野市
- 見どころ
- 漆喰壁 キッチン 昔の面影を残した玄関